鉛蓄電池(Lead-Acid Battery)は、自動車のバッテリーや産業用電源、非常用電源など、幅広い分野で利用されている最も歴史のある二次電池(充電して繰り返し使える電池)の一つ。
鉛蓄電池の仕組み
鉛蓄電池は、主に以下の3つの要素で構成されている。
- 正極(陽極): 二酸化鉛 (PbO2)
- 負極(陰極): 海綿状の鉛 (Pb)
- 電解液: 希硫酸 (H2SO4)
充電状態の場合、正極活物質は二酸化鉛(PbO₂)で、負極活物質は海綿状の鉛(Pb)となる。
二酸化鉛と海綿状の鉛は化学的に不安定で、二酸化鉛と海綿状の鉛および電解液の
化学エネルギーによって電子が外部回路を通ると電気エネルギーに変換される。
→負極で発生した電子が外部回路を通じて正極に移動するという電子の流れが生じる。
これが電流で、電子と反対方向に流れる(=放電)
また、充電とは蓄電池に外部電源から電流を供給することで
極板の活物質を化学変化させ、電気エネルギーを化学エネルギーに変換して蓄電池内に蓄えること。
放電(電気を取り出す時)の化学反応
電池が放電すると、正極と負極で以下の反応が起こる。
- 負極
鉛が希硫酸中の硫酸イオン (SO42−) と反応し、硫酸鉛 (PbSO4) を生成しながら電子を放出する。
Pb+SO42−→PbSO4+2e−
- 正極
二酸化鉛が希硫酸中の水素イオン (H+) と硫酸イオン (SO42−) および負極から移動してきた電子と反応し
硫酸鉛と水を生成する。
PbO2+SO42−+4H++2e−→PbSO4+2H2O
- 全体の反応
この反応により電子が負極から正極へ移動し、電気が発生する。
放電が進むと電極板に硫酸鉛が生成され、電解液の希硫酸が消費されて水が生成されるため
電解液の比重が下がる。
充電(電気を蓄える時)の化学反応
充電すると、放電とは逆の反応が起こる。
外部から電流を流すことで、硫酸鉛が分解され、鉛、二酸化鉛、希硫酸が再生される。
- 負極
硫酸鉛が電子を受け取り、鉛と硫酸イオンに分解される。
PbSO4+2e−→Pb+SO42−
- 正極
硫酸鉛が水と反応し、電子を放出して二酸化鉛、硫酸イオン、水素イオンに分解される。
PbSO4+2H2O→PbO2+SO42−+4H++2e−
- 全体の反応
2PbSO4+2H2O→Pb+PbO2+2H2SO4
充電が進むと電解液の比重が上がり、満充電に近づくと電解液中の水が電気分解され
水素ガスと酸素ガスが発生する。
鉛蓄電池の種類
鉛蓄電池は大きく分けて以下の2種類がある。
開放型(液式電池、ベント形)
- 電解液(希硫酸)が液体の状態で満たされており、電解液量を確認・補充するための補水口がある。
- 充電中に発生するガスを外部に放出するため、定期的な補水や換気が必要。
- 構造が単純で安価だが、液漏れのリスクやメンテナンスの手間がある。
- 主な用途:自動車のバッテリー、フォークリフト、非常用電源など。
密閉型(制御弁式、シール形、VRLA: Valve Regulated Lead-Acid)
- 電解液をガラス繊維マットに染み込ませたり、ゲル状に固めたりすることで密閉されている。
- 発生したガスを内部で水に戻す「酸素再結合」という仕組みにより
原則として補水が不要で「メンテナンスフリー」と呼ばれる。 - 液漏れのリスクが低く、横置きも可能ですが、過充電時のガス抜き用の安全弁は備えられています。
- 主な用途:無停電電源装置(UPS)、電動車いす、太陽光発電システムなど。
また、用途によって以下のように分類されることもある。
- スターターバッテリー
瞬間的に大電流を流すことに特化しており、主に自動車のエンジン始動に使われる。
※深放電には不向き。
- ディープサイクルバッテリー
繰り返し深放電と充電を行う用途に特化しており
電動ゴルフカート、電動車いす、ソーラーシステムなどに使われる。
- サイクルユースバッテリー
スターターとディープサイクルの中間的な特性を持つものもある。
図:据え置き鉛蓄電池の種類
新電気2019.06 理論と実務を結ぶ電気のQ&A 蓄電池その3 より画像引用
鉛蓄電池のメリット・デメリット
メリット
- 安価
原料である鉛が比較的安価で豊富に存在するため、製造コストが低い。
- 大電流出力
瞬間的に大きな電流を流すことができるため、自動車のエンジン始動など大電力が必要な用途に適している。
- 信頼性と実績
長い歴史があり、技術が成熟しているため信頼性が高い。
- メモリー効果がない
ニッケルカドミウム電池のように、使い切りで充電しないと容量が低下する「メモリー効果」がない。
- リサイクル可能
鉛はリサイクル率が高く、環境負荷を低減できる。
デメリット
- 重い・かさばる
鉛という重い金属を使用しているため、重量とサイズが大きい。
- エネルギー密度が低い
同じ重量や体積あたりの蓄えられるエネルギー量が少ない。
- 充放電効率が低い
充電時に一部のエネルギーが熱として失われるため、効率が低い。
- 寿命が短い(サイクル寿命)
深放電を繰り返すと劣化が早く、充放電サイクル数が他の二次電池に比べて少ない傾向がある。
- 電解液の管理(開放型)
開放型は電解液の液面点検や補水、ガス発生時の換気が必要。
- 温度特性
極端な高温や低温環境下では性能が低下したり、寿命が短くなったりする。
低温では電解液が凍結するリスクもある。
- 環境負荷
鉛は有害物質であるため、廃棄時の適切な処理が必要。
鉛蓄電池の主な用途
鉛蓄電池の主な用途は以下の通り。
- 自動車・バイクのバッテリー: エンジン始動用(スターターバッテリー)。
- 産業用電源: 電動フォークリフト、無人搬送車(AGV)など。
- 非常用電源・バックアップ電源: UPS(無停電電源装置)、通信基地局、病院、高層ビルなどの非常用照明や設備。
- 再生可能エネルギー貯蔵: 太陽光発電や風力発電のオフグリッドシステムでの電力貯蔵。
- 電動車いす、ゴルフカート: 深放電サイクルに適したディープサイクルバッテリーが使用される。
鉛蓄電池の寿命とメンテナンス
鉛蓄電池の寿命は、種類、使用方法、環境によって大きく異なるが
一般的には数年〜10数年程度とされている。充放電サイクル数で表されることもあり
数百サイクル〜数千サイクルが目安となる。
寿命に影響を与える要因
- 過充電・過放電
前述の通り、これらは電極の劣化やサルフェーションを促進し、寿命を大幅に縮める。
- 高温環境
化学反応が促進され、電極の腐食や電解液の蒸発が早まり、寿命が短くなる。
- 頻繁な深放電
ディープサイクルバッテリー以外で頻繁な深放電を行うと、電極への負担が大きく寿命が短くなる。
- 不適切な充電
充電電圧や電流が不適切だと電池に負担がかかる。
メンテナンス(開放型の場合)
- 電解液の液面点検と補水
定期的に液面をチェックし、精製水(バッテリー液)を規定量まで補充する。
水道水などは不純物が含まれるため使用してはいけない。
- 端子の清掃
端子の腐食(白い粉状の物質)は接触不良の原因となるため、定期的に清掃し、腐食防止剤を塗布する。
- バッテリーケースの外観点検
膨張、液漏れ、破損などがないか確認する。
- 電圧チェック
テスターなどで定期的に電圧を測定し、異常がないか確認する。
- 充電
長期間使用しない場合でも、自己放電による過放電を防ぐため、数ヶ月に一度は補充電を行う。